ショパン生誕200年記念コンサートのご報告

ずいぶん長い間更新が滞ってしまったことをお詫び申し上げます。昨年秋より公私ともども慌しく、年末年始も含めて軽井沢のアトリエに戻って来ることがほとんど出来ませんでした。 いずれにしても時間は自ら管理し作り出すもの、深く反省しております。
ところで昨年の夏は全国的に厳しい暑さが続きましたが、ここ軽井沢も例外ではありませんでした。7月の下旬にかけては6日間連続で最高気温が30℃を超え、真夏日の記録を更新したそうです。8月に入ってからもその勢いは一向に衰えず、30℃を超える日が多くありました。  軽井沢の一般家庭や別荘の多くにはクーラーが有りませんが、やはり昨年の暑さで設置件数が急増したそうです。別の理由がきっかけとなり、ここアトリエブルックスでも急遽導入することとなりましたが、もともとクーラー設置を前提とした家ではなかったため工事に手間取り、予想以上の出費となってしまいました。 平均気温は札幌並といわれる軽井沢、今年も夏の暑さはぶり返すのでしょうか?

さて一昨年の秋から始まった全7回にわたる「ショパン生誕200年記念・軽井沢で楽しむオールショパンプログラム」、いずれも聴き応えのあるコンサートとなり、昨年の10月16日をもって開催分全てを終了しました。 遠くからもお出でいただいた多くのお客様と素晴らしいショパンを披露くださった奏者の方々、そして美味しいケーキ・お茶などを提供し協賛いただいたBOBOS軽井沢様、さらには受付や駐車場整理などボランティアスタッフとして親身になってお手伝い下さった一部のお客様にあらためて深謝申し上げます。
ご報告が遅れましたが、既にリポート済みの当初2回分を除いて、7月以降のコンサートから順に振り返ってみたいと思います。    



第12回 軽井沢で楽しむオールショパンプログラム <2010年7月18日開催>
ピアニスト・・・横山幸雄 (作曲年代順全4回シリーズの3回目)  

1) 3つのワルツ作品34 (2,3,4番)
2) ソナタ2番 変ロ短調 作品35
   休憩<奏者を交えたティータイム>
3) 2つのノクターン 作品48  (13,14番)
4) 幻想曲 ヘ短調 作品40
5) バラード4番 ヘ短調 作品52
6) ポロネーズ6番 変イ長調 作品53 「英雄」  
7) 子守唄 変二長調 作品57 (アンコール)   

    


第12回は横山幸雄さんによる演奏で、ショパン生誕200年を記念した作曲年代順全4回シリーズの3回目に当たりました。
横山さん自身による5月4日のショパン全曲演奏会成功の余韻が残る中、奏者自ら一番好きな季節という夏に向けてのエネルギーが、コンサート全体を通して満ち溢れていました。
ワルツ作品34の2番,4番の軽やかさ、そしてソナタ2番の第1,2楽章の切迫感とつかの間の安堵感は、第3楽章「葬送行進曲」への荘厳な響きへと続き、いずれもジョルジュ・サンドとともにあった作者の充実感と、奏者の現在の勢いがもたらした瑞々しさを放っていました。 特に第二楽章における変ニ長調〜変イ長調の第2主題では、天上の音色を聴いたようでした。  またユニゾンが続く最終楽章では、その不可思議さを疾風の如く表現しました。
ノクターン13番ではそのスケールの大きさを確実なテクニックで、また14番では切ない主題が叙情的に歌われました。 
幻想曲では有名な序奏の旋律に始まり、きらびやかなアルペジオに至るまでのショパンの自由な作風が、壮大かつ優美に披露されました。 またバラード4番はテクニックに裏打ちされた十分な説得力を備え、その華麗なコーダを経て、奏者のエネルギーは英雄ポロネーズで絶頂を迎えました。その演奏は迫力に満ち溢れ、会場を興奮の渦に巻き込みました。
そんな中でも演奏自体の安定感は決して損なわれることなく、横山さんの精緻で知的なスタイルは、今回も高いレベルで保たれていました。
それはアンコールの子守唄にも表れており、 英雄ポロネーズの熱狂とは打って変わった安堵感が、透明感溢れるタッチに表現されていました。  



第13回 軽井沢で楽しむオールショパンプログラム <2010年8月8日開催>
ピアニスト・・・仲道郁代    

1) ワルツ2番 変イ長調 作品34-1
2) バラード3番 変イ長調 作品47
3) エチュード 変イ長調 作品25-1 エオリアンハープ
4) スケルツォ2番 変ロ長調 作品31
5) マズルカ13番 イ短調 作品17-4
6) バラード1番 ト短調 作品23
     休憩
7) 2つのノクターン ハ短調,嬰へ短調 作品48  (13,14番)
8) ノクターン20番 嬰ハ短調 「レント・コン・グラン・エスプレシォーネ」
9) 12の練習曲 ホ長調 ハ短調作品10-12 革命
10) 12の練習曲作品10-3 ホ長調 別れの曲
11) ポロネーズ6番 変イ長調 作品53 「英雄」 
     愛の挨拶(エルガー/アンコール)
       <奏者を交えたティータイム>  

           
 

第13回のオールショパンプログラムは、生誕200年を記念してアトリエブルックス初登場の仲道郁代さんの演奏でした。 
艶やかなパープルピンクのドレスで現れた仲道さん、その一曲目はワルツ2番の軽やかな演奏から始まりました。バラード3番やエオリアン・ハープ同様、ためのあるリズムは華やかさを助長し、その緩急の度合いもサロン向けに磨かれた印象を受けました。
またこれらの曲の調性であるイ長調は、ショパンが明るく華やかな曲をつくる時に用いたという仲道さんの説明にも、十分うなずける音色でした。
マズルカ 13番では深層心理を炙り出すように、ショパンの憂鬱な気持を現代に蘇らせました。
さらにバラード1番ではスケールの大きな演奏で曲自体の物語性をアピールし、奏者の豊かな感受性を印象付けました。 特に随所に現れる右手の流れるようなパッセージを織り交ぜながらPresto con fuocoの主題へ戻り、さらに終結部へと続く盛り上がりは奏者ならではの表現力でした。
後半に入ってエレガントなベージュのドレスに着替えた仲道さん、先ずはノクターン3曲の演奏でした。13番の導入主題の恒久性と、うねるような和音の連打に支えられた再現部の説得力は、聴き手を静と動のドラマチックな世界に引きずり込みました。また14番の主題の静かな移ろいと、20番の恋の悲しみは、プレイエルの甘美な音色をさらに際立たせました。 
革命と別れの曲では、趣向の異なる2曲のエチュードを丁寧かつ情感豊かに披露してくれました。特に別れの曲の和声に響く旋律では、やはりプレイエルの艶やかな音色を楽しませてくれました。
ラストの英雄ポロネーズではショパンの祖国への想いを高らかに表現し、会場全体を華やかな躍動感で包みました。 
また仲道さんお得意のトークは時に笑いを誘い、終始会場を和やかなものにしてくれました。たとえば ショパンの師は声楽家や作曲家であったことや、当時のプレイエルピアノの和音は音色が豊かで、それゆえオクターブ奏法の多いノクターン13番などを作曲したという話など、またバラード1番に秘められたショパンの愛国心などに聴き手は熱心に耳を傾けていました。
今回のコンサートでは、音符の合間に秘められたショパンの情念を、仲道郁代さんの抒情溢れる演奏で現代に蘇らせてくれました。 



第14回 軽井沢で楽しむオールショパンプログラム <2010年8月14日開催>
ピアニスト・・・寺田悦子     

1) 舟歌 嬰ヘ長調 作品
60
2) 3つのマズルカ
 作品59
3) 幻想ポロネーズ 変イ長調
作品61
   休憩
 
4) ソナタ第3番 作品58  
5) ノクターン20番 嬰ハ短調 レント・コン・グラン・エスプレシォーネ (アンコール)  
6) トロイメライ (シューマン/同)
       <奏者を交えたティータイム>     

            
 

ショパン生誕200年記念として、第14回は同じく初登場の寺田悦子さんでした。 珠玉の晩年作品集のサブタイトル通り、ショパンの晩年の傑作が集められました。  
黒のショールにシックな花柄のドレスの寺田さん、先ずはピアノの椅子に腰掛け、ショパンがプレイエルのカンタービレを愛したことや、大ホール向けに開発されたスタインウェイとは異なり、プレイエルは主にサロン向けに開発され使用されてきたという違いを、落ち着いた雰囲気で話してくれました。
そして一曲目の舟歌はゆったりとしたリズムで一音一音かみしめるように、それでいて華のある演奏が披露されました。 特に右手の装飾パッセージとコーダの48連譜は、水面に反射する光の様子をこの目で見るようでした。
マズルカ作品59の3曲では、どれもが故郷ポーランドを想う晩年のショパンの眼差しが随所に感じられました。59の2では様々に彩られたポーランド・マゾヴィヤ地方の風景が、59の3では向かい合って踊る民衆の姿が聴き手の心に迫るようでした。
幻想ポロネーズでは、人生を振り返り様々な思いに駆られるショパンの気持ちを代弁するように、安楽と絶望が入り混じった起伏に富んだ演奏となりました。
後半はソナタ3番の演奏前に、ロマン派の作曲家のショパンはバッハの古典に傾倒し、ソナタ3番も様式美にこだわった作品であることの説明がありました。
引き続き第1楽章の優美さ、第2楽章の即興性、第3楽章の甘美さ、第4楽章の力強といった、各楽章ごと個性の際立つ演奏を披露してくれました。特に第1楽章の第2主題の天国的な旋律と第3楽章の夢見る音色には、サロンらしいゴージャスさが加わり、奏者ならではの演奏となりました。
アンコールのノクターン20番遺作では、気品ある演奏でショパン若かりし頃の作品とは思えない抒情性を、そして同世代の作曲家シューマンのトロイメライでは、優雅な演奏で聴き手を子供の頃への郷愁に誘いました。 
寺田さんのコンサートでは色彩感覚に溢れた音色で、それぞれの曲に込められたショパンの心象風景を楽しませてくれました。  



第15回 軽井沢で楽しむオールショパンプログラム <2010年8月28日開催>
ピアニスト・・・竹村浄子 平澤仁(Vn) 東海千浪(Vn) 臼木麻耶(Vl) 鈴木聡子(Vc)   

1) 2つのノクターン 作品9 (1,2番 ピアノソロ)
2) プレリュード ホ短調、ロ短調 (弦楽四重奏)
3) ノクターン20番 嬰ハ短調 レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ (Pf&Vn)
4) 幻想即興曲 Op.66 (同)
    休憩
5) ピアノ協奏曲第1番 Op.11 (ピアノ五重奏)  
6) 同第3楽章途中より (アンコール) 
    <奏者を交えたティータイム>  

   
 

ショパン生誕200年を記念しての第15回軽井沢で楽しむオールショパンプログラムは、アトリエブルックス初の弦楽四重奏を迎えたコンサートでした。
ピアノは2009年にも出演いただいた竹村浄子さん、そしてヴァイオリンは平澤仁さん、東海千波さん、ヴィオラは臼木麻耶さん、チェロの小林聡子さんでした。
白地にブリリアントな花柄のドレスで登場した竹村さん、先ずはピアノソロでノクターン作品9の演奏でした。 いずれも丁寧なタッチから紡ぎ出されるクリアーな音色が印象的で、お馴染みの作品9の2ではきらびやかさが加わり、サロンの和やかな雰囲気をかもし出していました。
続く弦楽四重奏によるプレリュード2曲では、弦のふくよかな響きが会場全体に広がり、 本来はピアノで歌われる左手のパートが波のように寄せては返るさまが印象的でした。
また竹村さんのピアノと平澤さんのヴァイオリンによるノクターン遺作と幻想即興曲では、幻想即興曲のModerato Cantabileでそれぞれのパートが入れ替わる編曲があったりと、聴き手に新たなイメージを喚起させてくれました。
後半はアトリエブルックス初のコンチェルト1番の演奏でした。 定員50名(当日はスペースの関係で40名に変更)の空間でのピアノ五重奏は、予想を超える臨場感と華やかさに彩られ、会場は熱気に包まれました。
第1楽章では出だしの弦の重厚感と、ピアノの哀調帯びた響きに迫るものを感じました。また第2楽章「ロマンス」では、艶やかな弦が甘美な主題を引き立たせ、プレイエルの音色を更に引き出してくれました。第3楽章では躍動感溢れるピアノを力強い弦がしっかり支え、互いに呼応しあいながらコーダまで盛り上げてゆく様は圧巻でした。
アンコールでも再び第3楽章が披露されましたが、いずれの楽章も各パートの力強さとバランスの良さが印象的でした。また曲全体に溢れる生の歓びが手に取るように感じられ、ショパン自身がピアノ協奏曲を演奏する際も、今回のような小編成で披露するケースが多かった理由が実感できる竹村さん他皆さんのコンサートとなりました。  



第16回 軽井沢で楽しむオールショパンプログラム <2010年10月16日開催>
ピアニスト・・・横山幸雄  (作曲年代順全4回シリーズの最終回)
 

1) 幻想ポロネーズ
2) 2つのノクターン 作品62 (17,18番)
3) スケルツォ第4番 作品54
4) 舟歌 作品60
   <奏者を交えたティータイム>
5) 3つのマズルカ 作品59
6) ソナタ第3番 作品58
7) ソナタ第1番 作品4 (アンコール)  

   
 

第16回は横山幸雄さんによる作曲年代順全4回シリーズの4回目にあたり、さらに全7回に及んだショパン生誕200年記念コンサートの最終回ともなり、第14回と同じく晩年の傑作が集められました。
一曲目の幻想ポロネーズは、その年の5月に横山さん自身が達成したショパン全曲演奏会成功のフィナーレの再現となり、イントロの出だしから会場は張り詰めた熱気に包まれました。 繊細で透明感溢れるタッチがもたらす瑞々しさや臨場感は、失意の中に光明を見出したショパンの息吹を真近に感じるようでした。 
2つのノクターン作品62の1では、主題を再現した繊細なトリルが天上の安楽を描き出していました。また作品62の2では美しい和声の中に脈々と流れる旋律が、すでに次の世に自分を見出しつつあるショパンの諦めや安堵感を表現するようでした。
スケルツォ4番では、右手のパッセージが華麗に散りばめられ、中間部の悲壮感と主題の瑞々しさが対峙した躍動感ある演奏となりました。特に後半のスタッカートの再現主題と華やかな終結部は、ジョルジュ・サンドとの充実期にあったショパンの生への歓びを謳歌するようでした。
舟歌では漂うような12分の8拍子に支えられた主題に、きらめくトリルを加えながらじょじょに盛り上げてゆく様は聴き手の心を揺さぶりました。
後半のマズルカ作品59では、36番のはかなさと37番の優美さが、そして38番では長調の中間部にショパンの郷愁の念が淡々と表現されていました。
またソナタ第3番では、第1楽章の閃光のような第1主題と、それに続く天国的な二長調の音色が透明感溢れ、全体において動と静、旋律と内声のバランスがかみ合った説得力溢れる演奏となりました。
 さらにソナタ第1番の全楽章をアンコールで聴けたことも幸運でした。 第3番の完成された優美さとは異なり、初期のソナタが古典を範にしつつ如何に冒険心に富んだものか、またショパンがどれほど自分の未来に希望を抱いていたかが、私たちの心にストレートに伝わりました。
ショパン晩年のソナタ3番に続けて初期のソナタ1番を横山さんの演奏で聴くことができ、出発点に立ち返り、新たな201年目へ踏み出す気持ちにさせてくれたコンサートとなりました。  


           
 


全7回シリーズのショパン生誕200年記念コンサートでは、延べ4人の素晴らしいピアニストがショパンを演じて下さり、それぞれの個性を間近で堪能できたことは望外の歓びでした。 また奏者が異なれば解釈もそれぞれ、奏法や音色も様々ですが、回を重ねるごとにショパンの輪郭が形作られ、さらに私たち聴き手の感性と想像力が加わることにより、作曲家の人生や人間性が垣間見えたことも大きな楽しみでした。 到達点としてのショパンの魂は未だ漠としていますが、それは各々奏者や聴き手の心の中にあるもの、いずれにしても広くて深い永遠の存在であることは間違いないようです。 
そしてもうひとつの収穫は、ピアノとともに生き、ピアノのために人生を捧げたショパンの作品であればこそ、少人数の会場で演奏されるべきだと確信したことでした。たった一台のピアノに奏者が全身全霊を託し、発せられる精神のほとばしりを聴き手が最大限受け止めることが大ホールで可能か否かは明白です。 もちろんホールの長所は認めなくてはなりませんが、ショパン自身が演奏する際、たとえピアノ協奏曲であってもオーケストラ編成を極端に小さくして、サロンで披露することを好んだ事実からも明らかです。利益主導の資本主義的発想からは外れますが、このような時期だからこそ音楽への接し方や楽しみ方の原点として、サロンコンサートが再考されるべきだと願っています。   


           
  


【2011/03/25 15:15】 コンサート報告 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-)
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