ハッピー・ヴァレー

昨年12月から積もったままのアトリエ周辺の雪も、最近の暖かさでそのほとんどが解けてなくなりました。雪国での初めての生活は戸惑いもありましたが、おおむね楽しいものでした。中でもしんしんと降り続く夜の雪は、カーテンの合間から見上げると神秘的でさえありました。雪の精がいるのならば、きっとこんな夜に現れるのだろうと感じたりしました。
そんな時に思い出すのは、堀辰雄の小説『風立ちぬ』の最終章です。万平ホテル裏手の「幸福の谷」に建つ川端康成の山荘で晩秋から執筆着手、クリスマスを経て翌年の春先に脱稿したとされています。実際に結核で亡くしたばかりの婚約者への鎮魂を日記風に綴った内容で、文章の合間に谷間周辺の光景を浮かび上がらせています。昼間に見つけた動物の足あとや、夜になるとさらに降り積もる雪のことなど淡々と・・・。 
しかし70年以上も前の真冬の軽井沢、時折り婚約者の気配を感じながらも、病身の作者が彼女の死と向き合うには想像以上に過酷な環境だったに違いありません。外国人たちが「ハッピー・ヴァレー」と呼ぶにはあまりにも寂しすぎるといった内容が作中に記されています。そこで作者は『死のかげの谷』という正反対のタイトルを最終章に付けて、全五編から成る名作の締めくくりとしました。堀辰雄は他にも軽井沢にまつわる作品を残しましたが、 『風立ちぬ』は私が高校生の頃、軽井沢に関心を持つきっかけとなった最初の本でした。
そういえばこの前、「ハッピー・ヴァレイ」の石畳まで散歩に出かけたのは紅葉の時期でした。おそらく谷間の雪も解けて、天気の良い日に出かけたら春の訪れを感じることが出来るかもしれません。
 


                


【2008/03/20 03:08】 日常 | TRACKBACK(-) | COMMENT(0)
top>>